分身ロボットやAIを駆使したロボットが多様化され、身近な存在になってきていますが、オリィ研究所では分身ロボットを用いたテレワークを推進しています。今後様々な分野でこのような分身ロボットが使用される機会が増えてきますが、今後未来はどのような形に変わっていくのでしょうか?
分身ロボット製作の裏側には孤独との戦いがあった
株式会社オリィ研究所を設立した吉藤健太朗氏は、1987年に奈良県で生まれました。小学5年生から中学2年生までの間、不登校を経験したという辛い過去の持ち主で、この出来事がきっかけとなったことで現在の分身ロボットが作られたと言っても過言ではありません。
不登校になったのは、2週間入院と自宅療養したことがきっかけでした。休んでいる間に学校で自分の居場所がないような感覚に陥り、部活動でもしばらく休んでしまうと急に行きづらくなるなど、大きな抵抗感を感じていたようです。居場所がなくなるのではないか?という不安を強烈に感じたことから不登校になり、結果的に3年半という間自宅に引きこもってしまったのです。
当時中学の教師をしていた父親も学校に行かせようと必死だったのですが、その期待に応えなければという気持ちがストレスとなり、お腹が痛くなるなど精神的な部分が体調にも表れるようになってしまいました。
自宅では、祖父母の影響で折り紙を常に折っていたことがきっかけで、奈良文化折紙会を立ち上げて会長になりました。折り紙を披露した際には、友達もいない、学校にも行っていないのに褒められたことを嬉しく感じたそうです。それを見ていた母親から、急に「あなたはロボットが作れるに違いない」と言われ、それをきっかけにロボット競技に参加し、奇跡的に優勝したことからロボット製作に徐々に打ち込んでいったそうです。
そこで奈良のエジソンと呼ばれている久保田憲司氏との出会いも大きな刺激となり、必死に勉強をして王寺工業高校へと入学します。師匠として尊敬する久保田先生への弟子入りで、プログラミングやロボット製作を学んでいく中で、ある日特別支援学校にボランティアに行くことになりました。
特別支援学校で車いすを押す経験をした際に、車いすの不便さや疑問を感じ、車いすの概念を変えたいと強く感じたことをきっかけに、久保田先生達と新機構を一緒に実現しようとJSEC(高校生科学技術チャレンジ)に出場しました。そこで文部科学大臣賞を受賞し、アメリカで開催されるISEF(国際学生科学技術フェア)の日本代表となり、見事3位という快挙を達成したのです。
そこから分身ロボットによってもっと身体的にも精神的にも社会と関われるようなことがしたいと考え、人工知能の研究を行っていったのですが、研究が進むにつれ違和感を抱くようになり、人工知能ではない分身ロボットに辿り着きました。
孤独は社会問題になっている
孤独は誰とも接することがないという状態ですが、日本では病気やけがなどを理由に学校に通えない子どもが多くいます。15歳~39歳までの人口における引きこもりは54万人となり、一人暮らしの高齢者においては900万人にもなるとされています。孤独という状態は鬱や認知症を引き起こす要因にもなると言われていて、社会問題としても取り上げられています。
しかし、孤独解消のためには周囲からの支援や自分自身で解消する以外の方法がなく、根本的な原因となる課題を克服するためには自分だけの力ではどうにもできない場合があります。そこで、コミュニケーションテクノロジーとなる分身ロボットが重要な役割を果たしてくれると考えています。実際に吉藤氏も不登校を体験し、学校に戻ることはできても誰かとコミュニケーションを取るのはとても苦手だったそうです。しかし、毎日好きなものと向き合っている時間や両親からの応援、久保田先生との出会いやロボット競技で負けた悔しさなど、誰かとの出会いから自分が認められるきっかけになったことも分かっています。社会復帰に人とのコミュニケーションが避けられないことから、少しでも解消できる方法はないかと模索した結果、オリィ研究所を設立して分身ロボットの構想をしていきました。
オリィ研究所では、分身ロボットによってもう一つの身体を作り、移動できない人の代わりに移動し、心の外出ができるようになっています。孤独が引き起こす社会問題を解消できるように、多くの選択肢から社会の可能性を広げていけるということです。
「OriHime」という分身を通じて社会や未来と通じる
オリィ研究所では、分身ロボットとなる「OriHime」を作成し、仕事の環境や生活、入院などによる移動の制限を克服できるようになっています。遠隔操作でありながら、その場にいるかのような感覚を感じられます。OriHimeにはカメラ、マイク、スピーカーが搭載されているため、インターネット回線によって離れた場所に居ながら行きたい場所に行けるのが特徴です。これにより移動の制限がなくなり、周囲をカメラで見回したり、聞こえてくる会話に対して返事ができたり、その場に実際にいなくても居るのと同じリアクションが可能ということです。
新型分身ロボットの「OriHime-D」は、従来のOriHimeよりも大型の約120cmとなり、実際に前後後退などの移動や簡単な物の持ち運びが可能です。記録ボタンの活用で音声の再生ができ、大型のスピーカーが搭載されているので広い空間でも会話を楽しめます。従来のOriHimeでも十分なテレワークツールとして活用できましたが、移動できないことで制限されることもあったため、制限を解消するために開発されました。このOriHime-Dでは、世界初となるALS患者による遠隔操作で周囲の人に飲み物を配る実験も行われ、さらに実用性の高さを実感できるものとなりました。
これらのことから将来的に病気や介護、育児によって社会に参加できない場合でも、自分の分身となって活躍してくれることが期待でき、高齢化社会に備えて介護も可能になる可能性も秘めています。
また目や指先しか動かせない重度の肢体不自由患者でも、自分の意思表示がしやすいように透明の文字盤によって文字を表示できる「OriHime eye」もあります。難病を抱えている方やALS患者の方々からの協力で開発したOriHime eyeは、透明の文字盤によって文字入力が出来るだけでなく、読み上げも可能です。
他にも基本的な文字盤以外に自作の文字盤での登録も可能となり、自分だけの意思ツールとしても使用できます。目の動きに反応し、これによってスムーズな意思表示ができるため、日常的な会話だけでなく、寝たきりの状態でも遠隔地でコミュニケーションが取れます。
吉藤氏が折り紙を通じて社会とつながれたことから、分身ロボットの名前に折り紙の“折り”という文字を使用していて、自分と同じような経験をした方の新しいコミュニケーションツールとなってほしいという願いもそこには込められています。
今後、これらのツールを活用することで孤独を解消し、遠隔操作で心の自由を体験できるようになります。新たなコミュニケーションテクノロジーの発達によって、新しい形で社会への参加が可能になり、分身によって新しい社会参加を実現できることでしょう。
今後これらの孤独を感じる人口も増加する可能性があり、分身ロボットによって解消できる部分は積極的に取り入れていくことで、社会問題化する孤独の解消にも役立ちます。様々な場面によって孤独を感じている方は、分身ロボットという形で社会とつながってみてはいかがでしょうか?